(1454日)新下駄配列とAstarteのその後の使用感について。

投稿日: 2024/08/07 21:44:53

カテゴリ: キー配列研究

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新下駄配列を練習し始めた日から今日が何日かを計算できるシートを作っているのだけれど、それによると、今日が1454日目、つまりあと一週間で4年も経つらしい。ちなみにAstarte配列は569日目。こちらは2年くらいか。

新下駄配列との馴れ初め

そもそものきっかけといえば、コロナ禍で文字打ちが増えて、急に暇な時間ができて、自分のキー配列を見直そうと思って薙刀式を使い、かえうちに実装しようとして詰んだのがきっかけだった。新下駄配列は記憶量がすごく多いので、最初は練習するかどうかすごくためらって、それ以外の配列をとにかくいろいろ比較検討した上で、様々な指標のなかで最も理にかなっていて、そして使うキーボードを一番選ばない、実装も簡単で打鍵も簡単なものを選んで新下駄配列に行き着いた。4年たった今も、その選択は間違っていなかったと思う。

ちなみに仕事ではいまもずっとQwertyを使っていて、長い文章、特に技術記事以外を書くときだけ、新下駄配列を使っている。理由はいろいろあって、Vimや3DCGツールなど、Qwertyを前提にしたものが制作界隈や技術界隈には多いことと、いろんなパソコンを使うこと、仕事中は緊張感を保っているのでどちらかというと高速打鍵を望んでいるから、というのが大きい。

薙刀式やカタナ式の作者の大岡さんも以前書かれていたけれど、長時間の打鍵と短時間の高速打鍵では、求めるものが違ってくると思う。仕事中は自然とQwertyを使ってババーっと打ちたくなるし、記事の執筆時やブログを書いているときは、新下駄配列で1モーラずつ、長い時間ひたむきに打鍵したい気分になる。新下駄が打鍵が遅いということはないけれど、やっぱり日本語のモーラ性と合っているということと、「指がしゃべっている」ように打てるというのは大きいのだと思う。Qwertyは、良くも悪くも機械に向き合っているという気分になるし。

Astarteとの馴れ初め

一方でAsterte配列は、英字配列のほうも新下駄や薙刀式のように、自分にとって画期的な体験となるならトライしてみたいと思い、Dvorakに長らく向き合っていた。今はDvorakは全く打っていないので打てる自信がないのだけれど、新下駄ほどの効果はなかった一方で、それなりに快適さを感じ、ローマ字打鍵時などの問題が解決されればもっと良いのではないかとさらに探求した結果、Astarte配列に行き着いた。ちなみに少し改良したAstarte+という自作のレイアウトを使っていて、配列や設定ファイルは過去記事で公開している。

特徴としては、英語も日本語も高速で快適に打てるというのが特徴で、実際、ローマ字入力もかなり快適に打てて、覚えやすい。そしてDvorakのように妙な引っ掛かりを感じることがない分だけ、特にAstarte+はやや右手小指部分ので配列が広がっている。それだけ指は広く使う傾向にあるけれど、新下駄配列もそうなので同じことかもしれない。

新下駄と合わせて使っている感想としては、Qwertyと気分を変えられるのですごくよくて、万が一に新下駄配列が使えないけれどキーマッピングがカスタムできる環境があったときに、ローマ字も快適・高速という手段がもう一つある安心感がすごくある。実際たまに気晴らしとして、ローマ字もAstarteで打ったりすることがあって、なかなか楽しかったりする。

周辺ツール、キーエミュレータについて

新下駄配列は、一筋縄では利用を続けてはいけなくて、Karabiner-Elementsとか、やまぶきRとか、QMK、かえうち2など、様々なキー(ボード)エミュレータと葛藤してきた。時には自分でLinux版をRubyで書いたこともあった。

それぞれずっと保守してきて、一番使用頻度が高いのはKarabiner-ElementsとYamabukiRだけど、可搬性が高いのはQMKとかえうち2で、QMKが一番入力の品質も高いしカスタマイズ性も高く、QMKワイヤレスという新しい地平を開拓してくれたKeychron K3 Proが今のところピカイチだとは思う。

誰でも簡単に使えるという意味では、かえうち2とやまぶきRが簡単で便利と思うけど、やまぶきRは本当に使いやすい一方で、かえうち2は誤入力が多いので相性があり、使い道を選ぶような感じはする。

4年経ったということ

この記事もずっと新下駄とAstarteで打っているのだけれど、4年というのはすごい時間だなと思う。キー配列を変えるというのはすごく苦痛を伴うもので、練習中の数ヶ月は本当に苦行でしかないように感じる期間もあったのだけれど、その後の何年もを考えれば、大した期間ではなかったというか、その期間の練習のおかげで今があると思うと、本当に感謝している。

仕事ではQwertyしか使わないのだけれど、仕事は仕事だし、執筆時間の何にも代えがたい優雅さと、本当に長時間、ただ淡々と楽しく執筆に耽ることができるというのは、本当に素晴らしい。打鍵配列は、速さが語られることが多いのだけれど、打鍵効率やアルゴリズムの良さは重視するべきとは思うものの、速度よりも大事なものはもっと他にたくさんあると思う。

コロナ禍のあと、リモートワークからハイブリッドワークを経験し、打鍵を始めとしたいろんなメディアに自分なりに向き合ってきて、例えばTwitterからBlueskyに切り替えたりだとか、仕事も在宅の日もあればノマドワーカーしている日もあるし、毎日出社している日もあるし、休みの日は時には全くパソコンにもタブレットにも見向きもしないでどっかに行ったりしている日もある。

そんななかで、日々全く違うようでいて、共通する何かがあるというか、それはマインドフルネスや禅でもいえることなのだけれど、見た目や様式にとらわれない価値というものが、打鍵や執筆にもあるように思う。