投稿日: 2025/07/16 15:49:16
カテゴリ: 思考整理
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記事として書くべきか悩んだけれど、同様のことを考えている人もいるかもしれないので書くことにした。
自分はいつもQiitaとZennを一種のニュースサイト的にほぼ毎日チェックしているのだけれど、その定期チェックをやめようかなという話。
前置きとして、Caraというアーティスト向けのSNSがある。
最大の特徴は、明確に生成AIを禁止していること。
最近自分はBlueskyさえあまり利用していないので、正直見ているSNSとしてはCaraくらいなのだけれど、これが結構安心感がある。
最初、自分はクリエイティブ・コーディングで作ったスケッチを投稿していたので、正直利用規約に抵触しないかとか、見ている人が不快感を示さないかとか悩んでいたのだけれど、それが良いかどうかはさておき、Caraの人たちに影響を受けてなのかわからないけれど、最近は自分も素朴に手で作ったコンテンツを上げるようになったし、周りの人たちの手描きのコンテンツを見ているとなんだか楽しくなる自分がいた。
ちなみにCaraを使い始めたのはたまたまで、偶然自分のThreadsアカウントが永久BANされて、InstagramもThreadsも使えなくなってしまったのが理由。
今思えば、コードで生成したアートというのも、生成AIが作ったものと大して不快感は変わらないので、自分も同罪なのかもしれない。
話は少し変わるけれど、自分は別に、AIが闇雲に嫌だというわけではなかった。が、最近YouTubeやThreads、X、Boothなどのプラットフォームを見ていると、生成AIによるコンテンツが非常に多い。
ただこれらはまだ自分は多少嫌悪感を持つ程度で済んでいて、割り切れば使っていけるくらいなのだけれど、一番困っているのがQiitaやZenn。
QiitaとZennの場合は少し状況が違っていて、生成AIが作った記事というのはおそらく少ない。ただ、最近の記事はもう生成AIに関する内容ばかりになってしまっている。
正直自分のこの記事ですら、生成AIに関するものなのだから、仕方がないのだろうけれど、一見AIとは関係なさそうな普通の記事を読み進めても、中身は生成AIとの連携方法とか利用方法だったりする。
自分自身、Transformerとかが流行る前のCNNくらいまではディープラーニングを熱心に研究していたので、一つの道具や研究テーマとして面白いのは同意するものの、ここまで全体に波及してしまったり、ブラックボックス化してしまうと、今まで読んでいたような普通の技術記事を見つけること自体が困難になってしまって、正直、最近QiitaやZennを開いてみる価値を見失ってしまっている。
もちろん、自分自身技術コミュニティの存在にはすごく助けられてきたので、本当に感謝しかないし、自分の書いた記事を消したりするつもりはないのだけれど、それでも、このまま昔のように使い続けるのはちょっと難しいかなと思っているのが率直なところ。
おそらく、技術という特性から、AIなしの技術コミュニティを見つけるのは正直至難の業だろうし、プログラミングに至っては、コード生成支援AIを使っていない人を見つけるほうが逆に難しいのではないかとすら思う。
生産性が重視される業界なので、生成AIなどのツールを手放すことはかなり難しいはず 1。ただ、手でハンダ付けとかをするようなレベルの電子機器とか、素朴なデータベース操作とかシェルとか、分野をある程度絞ればAIなしでも普通にやっている人たちは実は多いのかなとは思う。
この記事を書いた手前、こういう答えがあるよと書きたいものだけれど、自分はまだ良い答えを見つけられてはいない。ひょっとすれば、Discordとかのコミュニティにそういうものはあるだろうけれど、正直Discordに至ってはそもそも話題が絞られているので、あまり生成AIが気になることのほうが少ない。
Caraのようなものが他分野にもあったらとは思うけれど、とりあえずまず技術コミュニティという枠を外して探してみることから始めるかな…。(そもそも今回、生成AI禁止自体を求めているというよりも、AIによるノイズを避けたい目的なので、どう探せばいいかすら正直わからないけれど、シンプルにRSSリーダーにフィルタリングをつけて使うなどもアリかもしれない。)
一応自分のなかで最後の砦かなと思っているのはGitHubで、GitHubの新着通知とかトレンドは未だによくウォッチしていて、GitHubの場合はGit等の恩恵でコードややり取り自体のトレーサビリティが担保されているので、仮にAIが書いたコードであったとしても、ある意味で共存していくことができる 2。このような形で、良い歩み寄りができたら良いのだけれど。
ちなみに一応補足しておきたいのだけれど、自分自身、AIアートとかは自発的に見たりする。それはCNNとかを昔熱心に研究していた名残でもあるし、YouTubeとかでも、こういう使い方はいいかもなと思うAIアートはたまにあったりする。
ただ、やっぱり人間、度合いというものがある気がしていて、自分であえて自発的に見るときはある程度問題ないし、普段何かを利用していてたまに現れたり、さりげなく使われているくらいであれば、それらをひょっとしたらブロックしたりはするかもしれないけど、割り切って使っていくことはできる。
でも、度を越えてくると、制御が難しいというか、フィルタリングする術(すべ)もなくなってくるので、今回のように、利用をやめたりとかするみたいな方法しかなくなるのは少し悲しい。
自分自身、昔はすごく多くのノイズの中から何かを見つけ出すのは宝探しのようで好きだったりしたこともあったので、そうやって使っていく手もあるかもしれないけれど、昔とはノイズの方向性が違うし、今回ばかりはコミュニティ全体がそうした方向に盛り上がっているという難しさがあるので、やっぱり距離をとるしかないのかもしれなくて、良い方法がないものか模索している。