JIS下駄配列練習 12日目

投稿日: 2025/07/31 05:46:45

カテゴリ: JIS下駄配列

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毎回定型的に速度を測ってはいるものの、あとからこうしたデータを振り返るとありがたいという一心で残しつつ、このブログに記録を残していくこと自体もだんだん億劫になってくる。

以前書いたことがあるけど、自分はこのブログを書かないときはだいたいObsidian等に手記を残していて、短いときもあるのだけど、最近は一回5000字くらいは文字カウンター的には書いているようで、それでいうとJIS下駄配列を練習し始めてから5万字くらいは打っているのかなという計算になる気がする。

以前Astarte配列について書いたときも同じことを書いたけど、Astarteで速度計測すると全然打てていないレベルくらいの速度が計測されるのだけど、体感的には打っていて大して困ったりはしていなくて、この配列でも同様で何かを書いているとき(今もそうだけど)は快適そのもので、思ったことがそのまま滑らかに言葉にでてきているので、それでもう十分かなという感じはする。

そういう意味では過去の打鍵配列とはだいぶ違ったモチベーションに駆動されて毎日文字を打っている気がしていて、今までは何らかの達成したい目的があってそれを目指すような形で練習していて、実際使っていた配列自体も比較的難しいものが多かったので、練習のしがいがあったという感じだった。

今回はそれとは異なっていて、もともと知っているJIS配列というものをベースにしているので、練習しなくても、そしてブラインドタッチしなくても打てはする。そういう意味では一種のランニングとかを日々やっているような体育会系やe-スポーツのノリに近い気はしていて、なんとなくやっていると落ち着くので気付いたらやっている感もあれば、朝夕の日課になっているのでやらないとなんとなく気持ち悪いとか、そういうレベルでやっている気がする。

そうした観点でいうとJIS配列というのは不思議なもので、打っていてさほど快適と呼べる打鍵感かと言われればそうでもないはずなのに、打っていれば自然と指が最適なストロークを発見してくれるし、単打率が高いこともあってそうした自由度が高くて、なんとなく宝探しのような感覚でやっていると謎に打っているのも楽しくなってくるという、一種のパラドックスが存在している。

正直、配列設計の最大の狙い自体がこのパラドックスだったのだけれど、今回自分でこれだけは入れたいと思ったのは「指がしゃべる」こと(つまり1モーラ = 1ストロークの対応を形成すること)くらいで、それももともとベースにした新下駄配列の時点で達成されているので、自分の加えた個性はないに等しい。

今回配列を作った時点でぜひそうあってほしい(無であってほしい)と最初から計画していた節はあって、あえて何も配列設計はしなかった。何も余計なことはしないことで、何も優遇せず、できるだけいろんな扱いをフラットにしたかった。それがおそらく打っているときの自由度に繋がっている。

ただもちろん、混ぜた2つがどちらももともと緻密に設計されている配列同士なので、それなりの機能性は担保されていて、受け継いだ思想という形で外来語支援等が強いことも相まってどんな言葉もそれなりに打ちやすい感はあるのだけど、それは特に狙ったことというよりは副次的なものかなと思う。

いずれにしてもこのJIS下駄配列という配列はいろんな意味で "脳筋" なので、とにかく打っていかないと何も始まらない配列であるというのは、ここ数日打っていてひしひしと感じる。今までやってきた配列のように、移動時間とかに頭の中で配列をイメージして練習したところで、意味がないとまでは言わないけれど、大した効果はない。

脳内イメージの訓練が意味があったのは、おそらく今までの配列が下三行左下中心の、キーだけでいうと打ちやすいものだったので、残るは脳内のイメージだけだった感はある。一方でJIS配列はキーを最大限目一杯使っているので、キー自体は見れば一目でわかるのだが実際には全然打てない。

この点がおそらく今までやってきた配列とは根本的に違っていて、とにかく走り込みのように日々練習したくなる所以(ゆえん)だと思うし、そうした走り込みが確実に筋肉の記憶として刻まれて着実に成果が出てくるので、いろんな意味でこれはもうスポーツだなと感じている。

走り込みと同じように、走りながらいろんな風景が見れて、それを楽しんでいるというのはあるし、短距離走や長距離走のようにタイムなどを記録していく楽しみもあるのだけど、実際そうやって言語化できる部分は少なくて、たぶん自分が楽しんでいるのは実際に手で打っている言葉ではない、心象風景や体感なのだろうなと思う。