投稿日: 2025/08/08 09:36:39
カテゴリ: 新下駄配列
サムネイル: なし
タイトルに「JIS下駄配列練習」と付けるべきかもちょっとよくわからなくなっているけれど、一応。
ちなみに新下駄配列練習記録としては1820日目。あと5日で丸5年という計算になる。
いまQWERTYで打っているのだけれど、かな入力は先日書いたように練習をやめていて、ふとこうした文章を打つときも、心理障壁から使わなくなってしまっている。
心理障壁は大きく2つあって、また手が痛くなるかもしれないという恐怖心と、もう一つは打てないものを打つという脳負荷の増大。
後者は、モチベーションや体力が十分にあるときは、逆にやる気になるのだけれど、自分のなかで丸5年打ってきた新下駄配列が打てなくなったことは、結構心理的にショックだった。
腕や肩は休んだこともあって回復してきたのだけれど、また痛くなったら嫌だなぁと思うと、新しい配列の練習はしたくなくなってしまう。
でも、戻そうとすると脳負荷があまりに高くて、戻せない。
で、結局かな入力ができない。
・・・
自分にとって、かな入力というのは、のんびりゆっくり思考を整理する手段として、非常に有効だった。QWERTYで長い文章をずーっと打ち続けるのは、かなり辛い 1 。それくらい普段の打鍵速度が高速なのだということだと思うのだけれど、慣れがあるので速度を落とそうにも落とせない。
元々このブログ自体の名前は、「書く瞑想」というものだった。かな入力を通して、落ち着いた時間を作り、自分にゆっくり向き合う時間を作っていた。
自分もこの状況になって初めて、それが自分にどれだけの精神安定を与えてくれていたのか、初めて気付いた。
正直、かな入力なしでは、同じ時間を過ごすことは、事実上難しくなっているということに気付く。手書きで文字を書くことで似たような思考整理自体はできるけれど、書ける文章量にも違いが出てくるし、体験としては異なるものになってくる。
そして、これくらいの文章量でもうQWERTYでは手が痛い。やはり、手の痛みと配列はおそらく無関係で(たぶん単に練習のしすぎ)、用途ごとに無意識に使い分けていたのだということに気付く。それでも、一度ついた恐怖心はなかなか消えない。
ここから先、どうしていくかの目処はあまりついていないけれど、何かしらの形でかな入力は復活させたいので、焦らず、ゆっくり向き合っていくことになるかなと思う。